不老不死への科学

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第9章 細胞不死化と再生医療

今日、移植医療が非常に盛んになってきている。しかし、臓器移植を考えるとドナーが不足しており、移植を受けたくても受けられない患者が多くいる。一方、細胞の移植に関しても将来ドナー由来の細胞が不足するものと思われる。ヒトの細胞は通常ある回数分裂をすると増殖を止めてしまう。従って、細胞の不足を解消するためには、細胞の寿命を延ばすか、もしくは無期限に分裂するようにするかである。不死化した細胞を得ることは再生医療にとって重要なことである。従って、細胞を不死化させる技術、およびその意義をまとめる。
また、各種幹細胞を用いた再生医療の具体的な例を1,2挙げて今後の再生医療の展開を示したい。

9.1.1 ES細胞とは 

ES細胞(embryonic stem cell)は胚性幹細胞とも呼ばれ、胚盤胞(卵割期が終わった胚)内細胞塊より樹立された細胞株で、癌化することなくin vitroで自己複製し増殖することができ、また、いったん胚盤胞内に戻せば、正常な発生過程をたどり全ての細胞に分化可能である、という特徴を持つ。ヒト胚性幹細胞は1998年に樹立され、今後の再生医療の鍵を握る細胞である。

9.1.2 細胞の寿命について

再生医療の供給源となる細胞を大きく分けて、ES細胞、胎児由来の細胞、成人由来の細胞各々の寿命についてまとめてみる。ES細胞は不死化しており寿命は問題にならない。また、胎児由来の細胞も分裂を止めてしまうまでの期間がヒトの寿命に対して十分に長いので、同様に問題にならない。一方で、成人由来の細胞はex vivoでしばらくは分裂を繰り返すが、比較的早く分裂を止めてしまう。従って、寿命という点では少々問題があると言える。

語注
in vitro;試験管内
ex vivo;生体外

9.1.3 細胞の寿命を考える意義 

ところで、なぜそれほどまでに細胞の寿命が大切かというと、ヒトの臓器がとても大きいということが挙げられる。例えば、肝臓、心臓などの臓器が十分に機能を果たすためには、心臓ならば大人の握りこぶしより少し大きいくらいの大きさが必要であるし、肝臓ならばそれ以上の大きさが必要である。ひとつの細胞が分裂を繰り返して十分な大きさになるまでには、相当回数の細胞分裂が必要であり、寿命が長くなければならない。この点で不死化したES細胞、胎児由来の細胞は優れているといえる。

9.1.4 不死化と腫瘍化

だからといって、必ずしも細胞の不死化が良いこととは言えない。それは、不死化と腫瘍化が紙一重だからである。例えば、ES細胞を標的とする臓器に紛れ込ませ、その臓器の中だけで細胞分裂を繰り返し、宿主臓器と共に機能していくことは非常に望ましい。しかし、際限なく増殖を繰り返したり、他の臓器に浸潤したりすることは許容できない。また、特にES細胞は多分化能を有しており、標的となる臓器などの細胞以外の細胞に分化していってしまう可能性もある。この点からES細胞は腫瘍化の第一歩を踏み出している、ということは否定できない。従って、ES細胞を臨床に応用していくためには、目的の細胞だけを選択的に得られるような分化制御技術が必要である。その一つ目として、特異的な分化誘導因子を加えて特定の細胞を得るという方法である。この手法により、現在では神経細胞はほぼ選択的に得られるようになった。二つ目として、自立的にES細胞を分化させた後、特定の成長因子を加え特定の細胞を得る方法である。他にも様々な方法で分化を制御できるようになってきている。ただ、その精度がやはり重要である。一部でも未分化のES細胞が混ざってしまえば先のような結果になってしまう。とはいえ、高度に多分化能を有したES細胞は、今後の再生医療の細胞供給源としてだけでなく、生体から取り出すことが困難な細胞でもin vitroで作り出せれば、薬剤のスクリーニングや毒性試験など様々な場面での応用が可能であり注目を集めている。
一方で、成人由来の細胞は、寿命は短いものの、自身以外の機能を持った細胞に分化していってしまう可能性が低いので腫瘍化の可能性も低く、寿命の問題さえ解決できれば再生医療に大きな貢献をし得る。

語注
腫瘍化;以下の3つの特徴を持つもの
@自己増殖をし、その増殖は停止しない。
A周囲の組織に浸潤する。
B本来の臓器から転移する。

9.2. 幹細胞とは

幹細胞とは自己複製能と分化した細胞を作る能力を併せ持った細胞であり、種々の臓器で存在が確認されている。血液、皮膚、腸上皮、生殖器などの細胞はいったん分化し成熟すると、それぞれ定まった寿命で死滅するため、個体の寿命に比べて極端に短い寿命しか持たない。これを補うために未分化の幼若細胞が新たに増殖し、分化し、成熟するなどして定常状態を保っている。このような未分化の親細胞を幹細胞と呼ぶ。そして、最近では肝臓、腎臓のような三次元構造をもった組織にも幹細胞が存在するといわれ、さらには最も分化が進み再生しないと思われていた神経組織にも幹細胞が存在することが明らかになっている。

幹細胞は大きく分けて多能性幹細胞(pluripotent stem cell)および組織幹細胞(=体性幹細胞,tissue stem cell)に分類できる。そして、それぞれ具体的には以下のようになる。

? 多能性幹細胞…ES細胞
? 組織幹細胞 …造血幹細胞;赤血球、白血球、血小板神経幹細胞;神経細胞、グリア細胞
肝幹細胞;肝細胞
筋肉幹細胞;筋肉(心筋)
など

9.2.1造血幹細胞を用いた再生医療

白血病の治療や再生不良性貧血の治療としてすでに20年以上にわたって臨床応用されている、造血幹細胞を用いた再生医療を取り上げてみる。まず、造血幹細胞とは赤血球、血小板、顆粒球およびリンパ球のような血球の母細胞であるだけでなく、破骨細胞や肺胞マクロファージなどの組織に存在する細胞の母細胞にもなっている。もちろん他の幹細胞と同様に、ただ分化するだけでなく自己複製能も持っている。骨髄移植とはドナー由来の造血幹細胞を先の患者に移植し、一生にわたって血液細胞を供給していこうとするものである。

最近、造血幹細胞に関して注目を集めているのが造血幹細胞の可塑性である。即ち、骨髄移植を受けた患者の肝臓の組織からドナー由来の細胞が観察された、という報告があったのである。これは、必ずしも造血幹細胞が肝細胞に分化したということを示しているとは限らず、骨髄中に肝細胞のもとになるような組織幹細胞が存在した、などの可能性も含んでいるのだが、非常に大きな意味を持ち得る。そして、様々な研究によれば、造血幹細胞は肝幹細胞だけでなく、上皮幹細胞や筋肉幹細胞にも分化できる可能性が高くなってきており、比較的採取が容易な骨髄細胞を用いて再生医療を展開できる可能性がある。

9.2.2 神経幹細胞を用いた再生医療

神経幹細胞は自己複製能と様々なタイプのニューロンやグリア細胞を生産する多能性を持ち、個体の発生から生体にいたるまで中枢神経系の様々な場所に存在し、その構築および機能維持に関与していると考えられている。

多能性とはいうものの、神経幹細胞から様々なニューロンやグリア細胞への分化に関しては、時間および空間的に制御されている。つまり、哺乳類に関して言えば神経幹細胞は発生の初期にはニューロンしか生産できず、分裂を繰り返すうちにグリアを生産できるようになる。従って、運動ニューロンのような発生の初期のみで生産されるニューロンは成体神経幹細胞から生れることは通常ないということになる。また、それぞれのニューロンの生産場所も発生初期の脳の中で空間的に制限されている。即ち、神経幹細胞は個体発生の時期や領域によって様々な特徴を持つものが存在し、可塑性は低いと思われている。

次に、神経幹細胞やそれから分化したニューロンおよびグリアの移植によって治療できる可能性があり、かつ最も研究が進んでいるパーキンソン病治療を取り上げる。パーキンソン病とは中脳黒質に局在し、主に線条体に投射しているドーパミンニューロンが変性脱落することで起こる疾患である。薬物を用いてドーパミンニューロンの機能を補う治療もあるが、耐性ができてしまったり副作用が大きいなど問題が多い。そこで、中絶胎児の中脳腹側の組織を患者の線条体に移植して治療する試みが長年にわたって行われ、一定の成果をおさめている。ただ、中絶胎児から得られるドーパミンニューロンの数は限られており、ドナー不足は免れない。だから、神経幹細胞からドーパミンニューロンを効率的に分化誘導する必要があるのだが、先に述べたとおり神経幹細胞の分化には時間的な制御がありなかなか難しい。その問題を解決するには、ES細胞から神経発生初期の神経幹細胞を分化誘導したり、長期維持した神経幹細胞でも初期化を行えればよい。特にES細胞を用いたドーパミンニューロンの分化誘導は多数の報告があり、臨床応用の日はそんなに遠くないと思われる。

ただ、やはり発生過程において厳密な制御の下で構築された複雑な中枢神経のネットワークを部分的にでも再構築するのは非常に難しいと言える。これからの発展の鍵は、中枢神経がいかに形成され、機能し維持されているのかを我々がさらに深く理解することである。

語注
初期化;非常に分化が進んだ体細胞核などを未受精卵の細胞質に核移植すると受精直後の卵子と同じ状態になり発生していく。ただ、今のところ何が引き金となって初期化が起こるのかは分かっていない。

(参考文献)
「わかる実験医学シリーズ 老化研究がわかる」編集 井出利憲(羊土社)
「わかる実験医学シリーズ 再生医学がわかる」(羊土社)

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