不老不死への科学

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◇klotho遺伝子

2章 klotho遺伝子と個体老化

「老化」は避けることのできない現象である。では、果たして老化は遺伝子にあらかじめプログラムされているのであろうか。

近年の研究で、「klotho遺伝子」という遺伝子がみつかり、この遺伝子が活性型ビタミンDの合成を負に制御する回路を構成しており、klotho遺伝子が欠失してしまうと、生体の恒常性維持を担うカルシウムホメオスタシスが破綻し、多彩な老化症状をもたらす、ということが明らかになった。klotho遺伝子は動物個体の発生・成熟・機能維持にかかわる遺伝子群の一つであるが故に、同時に老化を制御する遺伝子プログラムの構成要素となりうる。

ここでは、個体老化とklotho遺伝子、およびそれがコードするKlothoタンパクの働きについて述べていく。

2.1.1        老化と生体統合システムの破綻

生物は、遺伝子という高度に制御された機能により、優れた生理機能とそれを恒常的に維持する機構の飛躍的発展をもたらした。ところが、この優れた統合機能の破綻がヒトの老化と深くかかわる、との重要な指摘がある。それは、「生体の統合メカニズムの機能的減退がヒトの老化の第1義的要因である」とのボルチモア縦断研究*の結論である。

進化の過程で動物は高度に発達した統合システムを獲得してきたが、同時に、この進化過程において構造上、機能上の脆弱性をも含む結果となった。身近な例としては、直立歩行がもたらした腰痛などが挙げられる。すなわち、この高度に発達した統合システムを維持する機構は人類にとって大きな優位性をもたらしたが、一方で、その破綻は重大な身体機能の低下、破綻へとつながってしまうのである。

語注; ボルチモア縦断研究: アメリカの国立老化研究所では、多数のボランティアの身体機能の記録を多年にわたって計測、解析することで人間の加齢による変化を統計学的に解析しており、この研究所のある地名にちなんでボルチモア縦断研究と呼ばれている。

2.2             klothoと生体恒常性の維持

klotho遺伝子は、ヒトの多彩な老化症状によく似た変異表現形をもつマウスから同定され、次いでヒトの相同遺伝子が同定された。klotho遺伝子の発見により、多彩な症状がたった1つの遺伝子の欠損によって引き起こされることが示され、ヒトの老化を解き明かす1つの「手がかり」と「解析の場」としての動物モデルを提供する結果となった。klotho遺伝子の変異により、マウスに多彩なヒト老化と類似した症状がみられることから、遺伝的現象をみれば、klotho遺伝子は老化抑制遺伝子、と捉えることができる。

klotho遺伝子は、カルシウムホメオスタシスの中枢である腎尿細管、脳の脈絡膜、副甲状腺ホルモンを産生する副甲状腺の主細胞で強く発現しており、カルシウムホメオスタシスの異常は、klothoマウスの中心的な病態と推定されている。では、どのようにしてカルシウムホメオスタシスの破綻が起きるのか、その機構をklotho変異マウスの内部から調べてみることとしよう。

2.2.1        klotho変異マウスとカルシウムホメオスタシス

血清中のカルシウム、リンの制御は個体の維持にとってきわめて重要なシステムで、これまでの研究では、副甲状腺ホルモン(PTH)、甲状腺より分泌されるカルシトニン(CT)、活性型ビタミンD、カルシウムといった物質によって制御されていると報告されている。klotho変異マウスにおけるPTHCT、活性型ビタミンDの血清濃度を測定したところ、野生型と比して以下のような結果がみられた。

     カルシウム、リンが亢進

     PTHは減少

     CTはやや亢進(カルシウム亢進の影響)

     活性型ビタミンDの血清値が顕著に亢進*

これまでの知見では、「活性型ビタミンDの亢進」は 

をもたらし、それによってビタミンDの合成を抑制しつつ、血清ビタミンDの亢進によりビタミンD受容体(VDR)の合成を促進することが知られている。

だが、上記の物質の発現についても調べたところ、klotho変異マウスは、

・  の発現が顕著に増加

・  の発現がやや増加

・ VDRの発現は減少

という結果がみられた。

このことから、klotho変異マウスでは血清ビタミンDの亢進がVDR遺伝子の発現抑制に反映していないことを示唆している。その原因を探るため、活性型ビタミンDを経口投与し、これらの遺伝子の発現をみたところ、野生型マウスではすでに述べた「これまでの知見」どおりの結果が得られたのに対し、klotho変異型マウスでは、の発現減少は観察されず、VDRの発現はわずかに増加するのみであった。

これらの結果を総合すると、klotho変異マウスでは、ビタミンDのフィードバック機構*が作動しないことも含め、何らかの要因によりの機能が顕著に亢進しており、活性型ビタミンDの合成亢進と血清カルシウム、リン濃度の亢進が起こり、その結果としてカルシウム、リンホメオスタシスが破綻し、様々な変異症状が引き起こされると推定される。

語注; ビタミンDフィードバック機構: 通常は、血清カルシウム値が亢進すると正常値にもどすために活性型ビタミンDが減少し、非活性型ビタミンDが増加するように制御されている。

2.2.2        klotho変異マウスの症状

klotho変異マウスには、実際にどのような変化が出るのかをみてみよう。klotho変異のホモマウスは、生後3週目を超えると発育が止まり、6 週目ころにはパーキンソン病に似た歩行パターンを示し、平均寿命は60日と短い。

klothoマウスは、klotho という単一の遺伝子が欠損しているだけで、以下に列挙するような老化症状を示す。

@(中膜の石灰化,内膜の肥厚を特徴とする)動脈硬化 A骨密度の低下 B小脳のプルキンエ細胞の脱落 C卵巣、子官、精巣の顕著な萎縮 D胸線の顕著な萎縮 E胃壁、皮膚、気管、心臓の弁など軟部組繊の石灰化 F皮膚の萎縮、毛根の減少、皮下脂肪の消失 G脳下垂体の機能異常、などを呈する。

これらの症状はヒトの老化症状にきわめて類似しており,ヒト早老症の診断基華に合致するものである。また、クレアチニンやアルブミン値などは正常であることから、単純な内分泌障害、カルシウム代謝異常、腎不全や栄養障害などではないこと、離乳期までは正常に発育することから、発生異常でないことも確認されており、これらのことを総合し、早期老化マウスと判断されるに至った。

2.3             Klothoタンパク

2.3.1        Klothoタンパクの作用機構

現時点で、カルシウムホメオスタシスの制御におけるKlothoの作用機構について、以下のように仮説がたてられている。KlothoがビタミンDのシグナル伝達経路の制御にかかわる場合と未知の新たなシグナル伝達経路にかかわる場合に分けられる。

ビタミンDのシグナル伝達経路の制御にかかわるとすると、その制御対象としてはビタミンD、その結合分子、ビタミンDの標的細胞への取り込み過程にかかわる分子が候補となる。(1

未知のシグナル伝達経路を推定すると、Klothoタンパクがリガンド様分子として作用するケースと、受容体複合体の一部として機能するケースが想定される。前者の場合では、を発現する細胞表面の受容体に結合し、シグナルを伝えることによって遺伝子の発現を抑制する。(2)後者の場合は、何らかのシグナル分子の合成あるいは分泌を制御するシグナルを伝達する役割を担っていると推定される。(3

また、Klothoタンパクは酵素活性をもつと推定されており、酵素活性により他シグナル分子へ作用したり、ターゲット分子の活性調節、シグナル伝達の制御といったことが行われている可能性などが考えられる。いずれにしても、その機構を解明するためにも、Klothoが結合する分子の検索を最優先に行う必要がある。

    

1. Klothoタンパクが遺伝子の発現を制御する機構に関する作業仮説(文献1より引用)

2.4 今後の展望

 カルシウムの生体制御と疾患への関与についてはすでに広く知られているところである。だがリンについてはまだ研究の歴史が浅く、Klothoタンパクとリン酸代謝との関連を示唆するデータもあり、今後の展開によってはKlotho研究の進展によって「リン代謝の制御と臨床研究」に一石を投づる可能性もある。

 既に述べたように、klotho変異マウスのカルシウムホメオスタシスの破綻に関わる重要な鍵となるのは、遺伝子と、ビタミンDである。それらのシグナル伝達経路といったものの機構は未だ仮説の域を出ないため、それらを明らかにするための解析を進めていかなければならない。ビタミンD、あるいはカルシウムは多彩な生命現象に深くかかわっている物質であり、それゆえ加齢に伴ってklotho変異マウスのように恒常性を維持する機構の機能低下やアンバランスが生じても不思議ではない。

 また、動物個体の維持(基本的な生理機能など)は様々な情報の統合、つまり個体レベルの統合、臓器間の統合、細胞間の統合、分子間の統合など、多面的な情報を統合する高度なシステムの階層性によって保証されている。Klotho研究の展開から、個体老化を考える基盤として、このシステムの階層性および破綻に注目することの重要性が浮かび上がってきている。

2. 生体の統合機構の階層性とそれによって制御される基本的な生理機能(文献1より引用)

2.4 klothoとは

klothoとはヒトの運命をつかさどる3人のギリシャ神話の女神のひとりで,生命の誕生に立ち会い,生命の糸を紡ぐ女神の名前である.klotho遺伝子が生殖細胞の成熟の制御を介して次世代の誕生に寄与しており,同時に個体が成熟し,正常な機能を営み,健常に生きていくことに寄与していることを表している。

(参考文献)

1.    「わかる実験医学シリーズ 老化研究がわかる」編集 井出利憲(羊土社)

2.  日本薬理学雑誌

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