不老不死への科学

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第5章 DNAの損傷と老化

生体は物(分子)で構成され、それをつくり、かつ動かすのはDNA上の情報である。原則として物は壊れるが、生体は2つの方法でそれを克服している。
1つは壊れたものを捨てて、同じものを新しく合成する繰り返しあるいは再生であり、もう1つは壊れたものを修復することである。生体の多くの物質については前者の方法がとられるがDNAではそれだけでなく高度な修復システムが働いており、変化が極力抑制されている。DNAの傷は多くの修復遺伝子によって守られている。
しかしそれにも限界があるため、放射線や紫外線によって平均寿命の短縮、皮膚の老化が促進される。その詳しい理由はいまだに解明されていない。
この章ではDNAの変化が個体の老化につながるという仮説について説明していく。

5.1 放射線に見られる外的要因による寿命短縮
放射線量に比例してマウスの平均寿命が短くなることは世界中の研究室で確認されている。(図1)近年、放射線が脳出血や心筋梗塞といった疾患の発生も加速する事を示す疫学データが出されている。したがって放射線は、多くの臓器の老化を促進しているのではないかと考えられる。


放射線以外でも太陽光に含まれる紫外線が皮膚の老化を促進する事は周知の事実であり、他にも環境中の変異物質、毒物など外的な要因によって生体物質あるいは細胞を傷つけるようなものが生体の機能を低下させて、老化を加速するであろうことは予測できる。

5.2 老化に伴うDNA損傷の蓄積
具体的に個体の老化に伴って増加するDNA損傷としてわかっているものはI-化合物、DNA切断、染色体異常、ミトコンドリアDNAの変異、などである。いずれについても限られた生物種の限られた臓器でのみ見出されているため、もう少しデータが必要だろう。
この種で注目すべきは老化した個体ではじめて増加する指標である。老化した個体におけるミクロな変化に対して見ている指標の変化の原因、結果どちらになるかは注意すべきである。

語注
I-化合物:化学構造式が同定されていないDNA塩基

5.3 突然変異の蓄積
DNAの損傷が修復されないまま複製されると間違った塩基が導入され突然変異が生成する。また修復過程中でも間違いが起こるとわかっている。さらに傷のないDNAの複製においても間違いが起きる。これらがみなDNAの突然変異となる。(図2) 


 若いときの突然変異速度はどの臓器でもほぼ同じであり、老化に伴い突然変異は増加するがその速度は臓器により異なる。また増加速度は分裂組織で高く、非分裂組織で低いというわけではないのでDNA複製がその主な原因ではなく、DNA損傷の多少あるいは修復能の高い低いに依存しているのではないかと予測される。
見出される突然変異の分子特性をDNA塩基配列決定により解析すると以下の特徴がみられる。

@ 突然変異の中で最も高い頻度で見出されるのはDNAの5´‐CG‐3´配列部位でのCからTへの変化である。これはどの臓器でもみられる。
A 頻度は少ないが肝臓では欠失型変異と2つの隣り合った塩基が同時に置換されるタンデム変異とが老化に伴って増加する。
B 老化したマウスの小腸ではCG配列部位でのC→T以外の全ての形の塩基置換が増加している。これは他の臓器ではみられない特徴である。
C 活性酸素によって生じるヒドロキシグアニンによって誘発されるG→T変異が小腸で見られる。
これらのことから老化に伴う突然変異は臓器によって異なる事、その原因も一様ではないことが推測される。

語注
タンデム変異:隣り合った2つの塩基が同時に別の塩基に変わってしまう変異

5.4 DNA修復遺伝子欠損マウスでの老化
DNAの構造のほころびがDNAの突然変異の増加と個体の老化につながるとするならばDNA修復遺伝子欠損マウスでは突然変異が増加し、老化が加速されるはずである。これまでに報告された事例は以下の4つのグループに分けられる。

@ DNA修復欠損が自然突然変異を増加させず、臓器に何らの障害も引き起こさないもの
A わずかな突然変異の増加を示すが臓器の障害は見られないもの
B 突然変異の大きな増加がみられ癌が多発し早期に死亡するもの
C 変異についてはまだ調べられてないが、いくつかの臓器で老化に伴う障害が早期に現れているもの

それぞれについて説明をすると
@ 問題となるDNA損傷の発生する数が少ない、もしくは別の修復系が直すので問題ないと考えられている。
A わずかな変異の増加は臓器の障害につながらない、もしくはわずかに少しは臓器に障害があるかもしれないがそれがはっきりと検出されていない場合。
B 一部の臓器での癌が早期に現れて死んでしまうので他の臓器で老化促進があるのかがわからない。突然変異の増加の度合いに臓器依存性があることに注目すべきである。
C これらのマウスではDNA修復欠損が老化症状早期発現の原因になっているとは言いがたい。

5.5 今後の課題とDNA構造の完全性
今後は発生、成長の終了後にDNA修復能が欠損したらDNA損傷と突然変異が増加するかを明らかにすべきだろう。そうすれば突然変異と老化に伴う臓器障害や寿命との関係を明らかにすることができる。
特に脳や心臓のように細胞分裂が起こらない臓器でDNA複製とは関係のない修復遺伝子の欠損の影響を解析することも大事であろう。
ゲノム上のどの情報が寿命を決めているかの解析が期待される。今までに述べてきたようにDNAの突然変異のために老化症状が発現されるので、DNAの完全性を維持する事が寿命を延ばす1つの要因であることは間違いない。
ただこれが他に考えられる要因に比べてどれほど重要かが問題で今後の研究にかかっていると思う。

(参考文献)
「わかる実験医学シリーズ 老化研究がわかる」編集 井出利憲(羊土社)
「老化と遺伝情報の発現」松尾光芳/編著:学会出版センター

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