不老不死への科学

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第10章 ?脳の老化◇脳の死は防げるか?◇?

[目的]おそらく老化研究においては脳の老化を防ぐことが最重要課題といえるだろう。

脳の機能を永遠に機能させ続けさえすれば固体は永遠に生き続けると考えられるからだ。仮に脳以外の全てのパーツが死んでしまっても、脳さえ生きていれば身体のパーツを人工的に作って完全な固体に修復することだってできる。そのようなことが可能になるのはまだずっと先のことだろうが。しかし脳が一旦死んでしまったら、もはやどうにかなる保証はないのだ。そこでこの章では脳の老化を防ぐ方法について考えていくことにする。

[内容]

10.1 脳とはそもそも何なのか?

脳の細胞は大きく分けて神経細胞とグリア細胞に分けらる。神経細胞(ニューロン)は興奮のシグナル伝達を行う細胞で、情報の受け渡しを行う装置である。グリア細胞は神経細胞を支持したり、血管から栄養を補給する役割を果たしている。
グリア細胞は一生の間分裂することができるが、神経細胞は出生直後から分裂しなくなり、
固体の寿命の間生き続ける。



ニューロンは樹状突起、細胞体、軸索を持っており、この軸索の先が他の神経細胞に接触することで複雑なネットワークを作っている。神経細胞が興奮すると電気的シグナルが発生し、軸索を伝わり先まで行くと神経伝達物質と呼ばれる化学物質を放出する。この神経伝達物質が他の神経細胞の受容体に結合すると、その神経細胞は興奮する。この細胞が接合している部分をシナプスという。このようにして興奮が神経回路網を次々と伝播していくことで脳は高度な情報処理を行っているのである。

つまり脳はニューロンの複雑なネットワークであり、ニューロンは分裂することはない。
このニューロンをグリア細胞が支持的・栄養的に補助することで、ニューロンの機能を維持している。グリア細胞は分裂可能である。
このことを踏まえた上で脳の老化について考察していくことにしよう。



図1 神経細胞の構造

10.2 脳の老化

脳の老化に伴い表われる現象には

@シナプス減弱…ニューロンどうしの繋がりが崩壊していくこと
Aシナプスの可塑性の低下…可塑性とは外界からの刺激に応じて、活性や形を変えて対応する能力のことで、繰り返し刺激を与えていると神経がその刺激に対して応答状態が良くなったりする。単語を記憶する時に繰り返し暗唱するとすぐに思い出せるようになるのはこのためである。つまり老化するとシナプスは柔軟性がなくなってくるのだ。
B神経変性…神経細胞の物質代謝に変化が起こり、異常物質の出現など形態的な変化を生ずること。
Cアミロイド蓄積…アミロイドとは約40個のアミノ酸が連なったたんぱく質で凝集性が高く沈着しやすい。
D神経細胞死による神経細胞の減少…成熟脳ではもはや神経細胞は分裂しないためあとは減少していくしかない。偶発的な何らかの異常が起きると細胞死が引き起こされる。

がある。



図2 脳の老化兆候(文献1より引用)


まとめると老化に伴い神経ネットワークがもろくなり、神経細胞自体に障害が起きたり死んだりすることで、脳の機能が低下していくということである。
このような脳の老化現象を引き起こす要因が何なのかはよく分かっていないらしい。
だが脳の老化機構は今後の研究により明らかにされていくだろう。

10.3 脳の老化を抑制する
今までニューロンは分裂終了細胞であると述べてきたが、1998年に成人の脳でも海馬においてニューロンが新生することが示された。これは脳が成熟してしまった後でも、新たなニューロンが成熟脳と神経ネットワークを形成することができることを意味する。ニューロンは分裂終了細胞であるが故に非常に寿命が長い細胞であるから、再生医療の技術を用いてニューロンを作り出し、その細胞が脳と神経ネットワークを形成することができれば、効率良く脳を若返らせることができるかもしれない。

10.3.1 脳移植で機能を回復する
実際、脳が成熟してしまった後では神経ネットワークが精巧にできあがってしまっているため、新たな細胞を移植してうまく機能させることは困難である。しかし神経細胞には可塑性があり、移植された細胞と神経回路を形成することができる可能性がないわけではない。実際ラットを使った脳移植実験は成功している。
移植による脳機能の回復には3つの可能性がある。

@移植ニューロンと宿主ニューロンが機能的な神経回路を確立する。
これは神経細胞のもっている可塑性を利用して、脳機能の修復を図るものである。脳内で移植細胞が育つにはすでに分化した細胞では無理で、胎仔または新生仔のものかES細胞から分化させたものを用いる必要がある。未分化な細胞は潜在的な成長能力に富んでいるからだ。

A移植ニューロンが神経伝達物質を分泌して宿主ニューロンを制御する。
綿密な神経回路を確立できなくても、宿主ニューロンのそばから神経伝達物質を供給することで、神経内分泌機能を修復することができる。

B移植ニューロンが栄養因子を分泌することで宿主の神経回路を修復
これも神経回路を確立する必要はなく、移植ニューロンが機能の低下した宿主の神経回路に栄養を補給することで、神経回路を修復するというもの。

ABの方法は一時的に脳の機能を回復する手段としては有効であるだろう。しかし複雑な神経ネットワークを形成している神経細胞はどんどん死んでいくので、@の方法でないと脳の機能を維持させ続けることはできないと思われる。

10.3.2 成体でもニューロンが新生する

皮膚や消化管や上皮などでは新しい細胞を作り出す幹細胞が常に存在して、この幹細胞が分裂して新しい細胞を作り出している。脳や脊髄でニューロンが新生しないのはこの幹細胞がないためであると、以前は考えられていた。しかし脳にも神経幹細胞が存在し、成体においてもニューロンを新生していることが判明した。ラットの実験でも生後かなりのニューロンが新生することが分かっている。そして加齢に伴いニューロンの新生能は落ちていく。

ここで注目すべきことは、新生したニューロンがPSA-NCAMというたんぱく質を発現していることである。これを発現するニューロンは樹状突起や軸策を伸ばして既存の神経回路に加わる。よってこのPSA-NCAMは神経回路を再編成する上で重要な役割を果たしていると考えられる。

このような研究が進んでいけば内在性の神経幹細胞を特定のニューロンに分化誘導して、神経回路を再編成させることで、失われたニューロンを補給することができるかもしれない。


10.4 考察
脳の老化機構はよく分かっていないため、脳の機能を維持するためにはまず脳の老化機構を解明することが必要であろう。また脳の老化抑制に再生医療からのアプローチだけでなく、ナノテクノロジーによる脳の修復技術も推測されている。これはまだ推測の段階なのであまり述べることはできない。
だが未来において脳の老化抑制、修復、パーツの補足といったことができるようになれば、脳の老化を極力遅くしつつ適宜パーツを補っていくことで脳の不死化を実現することができるだろう。
維持費用は高そうであるが。

(参考文献)
老化研究がわかる 
老化のしくみと疾患
発生・分化・再生研究2005
脳とニューロンの科学

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